「・・・へ?」
「好きだ」
「な、なに・・・?」
「お前が好きだ」
「え、ちょっ・・・、待ってよ」
「好きだ好きだ好きだ」
突然の展開に周りの客達がびっくりして、またしても二人を注目する。
突拍子もなく始められたカカシの愛の告白に、サクラはポカンと口を開け、呆然とカカシを見詰めるしかなかった。
「・・・ど、どうしちゃったの、カカシ先生?」
「いいから黙って聞いてろ」
好きだ好きだ好きだ――
ピタリと視線を見据えたまま、有無を言わさず何度も「好きだ好きだ」と繰り返すカカシに、サクラは動揺を隠し切れなかった。
怖いほど真剣な眼差しを差し向けられて、一気に胸が苦しくなる。
どうしたらいいんだろう・・・。
突然降って湧いた「好きだ好きだ」の大嵐に、サクラはオロオロと泣きそうになりながら、カカシを見詰め返すしか出来なかった。
「好きだ。お前が好きだ」
「も、もういいよ、カカシ先生」
「好きだ好きだ好きだ」
「分かったから、もう止めて。ね?」
「好きだ好きだ。サクラが好きだ」
「先生ぇーってばー!」
「好きだ好きだ好きだー!」
「お願い!もう止めてーっ!」
必死になって、カカシの口元を両手で押さえ込んだ。
シン・・・と静まり返った店内。
ハアハア・・・という自分の荒い息ばかりが、やけに耳につく。
好奇に満ちた周囲の視線がズキズキと背中に突き刺さって、余りのいたたまれなさに身を竦めた。
それでもなお、カカシはじっと視線を外さない。
周りの目などこれっぽっちもお構いなしに、サクラを熱く見据えている。
「サクラが 好きなんだ」
口元に伸ばされた細い指をギュッと握り返しながら、一言ずつ噛み締めるようにカカシが呟いた。
瞬きする事を忘れた瞳には切ないまでの想いが募り募って、今にも溢れ出しそうに見える。
言葉以上に雄弁な視線。
思わず胸の奥がぐっと詰まり、吸い込まれそうな瞳の色に、サクラはもう頭の中が真っ白になってしまった。
どうしてこんなに息苦しいんだろう・・・。
何かが変だ。
サクラの中で何かが弾け飛び、むくむくと大きくなっていく。
自分でも戸惑うほどの感情の昂ぶり。気持ちのうねり。
なんだろう・・・。なんなんだろう、この想いは・・・。
先生の目を見ているだけで、泣きたいような、苦しいような、おかしな気分になってくる・・・。
「せ・・・んせ・・・?」
ふと、カカシの張り詰めていた瞳の色が和らいだ。
優しい色だな・・・。
魅入られたように、サクラは視線を外せない。
カカシは口の端を引き上げ、僅かに目を細めると、すうっとサクラの髪に手を伸ばす。
そしてそのまま、戸惑い揺れる小さな頭をぐいっと引き寄せると、愛おしそうに何度も頬を擦り寄せた。
「お ま え が 好 き で た ま ら な い よ サ ク ラ」
鼓膜を震わす甘い囁き声。
くすぐられた耳元が、火傷したように熱を孕む――
「―――!!!」
またしてもサクラの心臓が、バクンバクンと暴走し始めた。
頭の中では、訳の分からない幾何学模様がグルグルと渦を巻き、意味を成しえない単語ばかりが次々と浮かんでは消えていく。
もう、カカシの顔をまともに見ていられない。
思わず下を向き、オロオロと目を泳がせながら、サクラは必死に気を静めようと躍起になった。
そんなサクラをカカシは暫く面白そうに眺め、おもむろにガラスの器を指差し出す。
「なあ、もう一杯食う?」
「・・・もう、いい。・・・お腹、いっぱい・・・」
やっぱり、自分はどこか変だ。
じっと俯いたまま、何かを確かめようとサクラは自問自答を繰り返し続ける。
祈るような思いで答えを探し出すのだが、思考は空回りするばかりで一向に埒が明かなかった。
どうして、どうして、どうして・・・?
どうしてこんなに動揺してるの・・・?
そんなサクラの耳元に、からかいを帯びたカカシの忍び笑いが密やかに伝わってきた。
「くっくっくっ・・・」
「なによ・・・。なにが可笑しいの?」
「いや、随分と顔が赤いなーって」
「そ、そんな事ないってば!」
むきになって顔を上げると、そこにはいつものカカシがいた。
今の今まで熱く想いを語っていたなんて到底信じられないような素振りで、ニヤニヤとサクラを眺めている。
余りの落差に、サクラは狐につままれたようにポカンとしてしまった。
「え・・・?」
「じゃ、食い終わったんなら、行くか」
テーブルの隅に置かれた伝票を掴むと、カカシがスッと立ち上がる。
何事もなかったかのようにその後姿は飄々としていて、それがまたサクラを混乱させた。
からかわれていただけだろうか・・・。
それとも、少しは本気で言ってくれていたんだろうか・・・。
これでもかと予想を裏切る展開の連続で、サクラは立ち上がる事すら忘れていた。
「おーい。置いてくぞー」
カカシの声に飛び跳ね、慌てて後を追う。
カカシに触れられた髪が、やけに熱い。
心臓だって、未だドキドキしている。
癪に障る背中を思いっきり睨み付けてやりながら、『こんな運命、信じたくないよぉ・・・』と、サクラは密かに神を呪った・・・。
一足先に表へ出たカカシは、気持ち良さそうに目を細め、空を見上げていた。
空が青い。
突き抜けそうなほど青い空に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいる。
サクラも真似て、空を見上げた。
視界の端には、風になびく緑の木々の葉と、遠く空を渡っていく数羽の鳥達。
そして、光に映える銀色の髪。
見慣れたはずの街の景色が、悔しいほどにキラキラと輝いて見える。
「ね・・・、たとえば・・・」
「んー?」
たとえば、私が本当にカカシ先生を好きになったとして。
そして、カカシ先生が本当に私の運命の王子様だったとしたら・・・。
「あ・・・あのね・・・」
「・・・何?」
でも、舌先三寸のこの男の言う事だ。
本当に真に受けていいのかどうか、分かったもんじゃないよなあ・・・。
「うーん・・・」
「なんだよ。気になるなあ」
「あー、えーと・・・。つまり・・・。私、明日から誰にあんみつ奢ってもらえば、いいのかな・・・?」
「はあ?」
呆れたように、カカシはサクラを見詰め返した。
「何を今更。サクラがあんみつ奢ってもらっていいのは、オレだけでしょ」
「そうなの?」
「そうなの」
「不満なのかよ?」とチラリと睨まれて、サクラは慌てて首を振った。
そうか。そうなのか・・・。
とりあえず明日からも、こうやってあんみつを食べさせてもらえる事は確からしい。
それ以上の難しい事はまだよく分からないけれど、その内はっきりするだろう。
ホッとしたように、自分の足元を見詰めていたサクラなのだが、突然、
「ああーっ!!」と、大声を張り上げた。
「カカシ先生の馬鹿馬鹿馬鹿ーーーっ!」
「なな、なんだよ。急に・・・」
「あんな恥ずかしい事されて、もうこのお店に来れないじゃない!どうしてくれんのよ、カカシ先生!」
「・・・え・・・?」
「あーん!ここの白玉あんみつ、一番のお気に入りだったのよぉ・・・。もう最低!」
「もしかして・・・、オレってあんみつ以下な訳・・・?」
(散々恥ずかしい思いをしてきたのは、このオレなのなー・・・)
どうにも報われない・・・。
本気で嘆き悲しむサクラを目の当たりにして、カカシは複雑な思いだ。
ポリポリと頭を掻きながら、悄然と項垂れるカカシ。
プリプリと勇ましく脹れていたサクラだが、やがて、くすり・・・と笑みを浮かべた。
ま、いっか・・・。
しょげるカカシを見ていたら、なんだか笑いが込み上げてきた。
吹き抜ける風が気持ち良い。
思い切り手足を伸ばして、全身で風を受け止めてみる。
パタパタと服がはためき、髪が頬をくすぐり抜けた。
小さく肩を竦めて、ピョンと飛び跳ねるようにカカシに向き直る。
そして――
「先生、今日はどうもありがとう」
この日一番の笑顔を、サクラは惜しげもなくカカシに差し向けた。